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はるぱり・そんぐす🎈

東京パリカのブンガク恋慕 はるぱり XII? 

小森はるか監督の映画『息の跡』(3)

おじさんは、佐藤さんといった。

貞一という漢字の名前は覚えているけれど、読み方は覚えていない。

 

 

台詞どおりには覚えていないけれど、おじさんがこんなことを言うことがあった。

「今いちばんたいへんなのは、役所の人たちかもわかんないな」と。

真顔のアップのカットだったとおもう。

 

「あそこの人たちは、心でおもっていないことをいっつも言っていなくちゃいけないんだからなぁ」と。

 

「そんなのは、自分には無理だ」と。

 

わたしはつよく心をうたれた。

そして、心が閃くのをかんじた。

映画をみているさい中に。

 

 

おじさんのまなざしは、わたしのそれとはちがっていた。

そしておじさんのまなざしが、わたしのまなざしの向きをうごかしてくれた。

 

「自分にはそれはできないけれど、自分はこれをやる」。

そういうおじさんをみて心が閃いた。

 

 

それは、この映画もそのものでもあった。

『息の跡』は、「自分にはそれはできないけれど、自分はこれをやる」、

というふうな、

大らかで、つよくて、やさしい映画だとおもった。

 

 

 

 

あとは蛇足だけど

 

 

「自分にはそれはできないけれど、自分はこれをやる」

 

それでいいんだと気づいた。

 

なにもなにかができないでいる自分をそう責めなくてもよかったんだと気づいた。

 

そんなこともわからなかったの、といわれるのかもしれない。じっさいそういうふうに、よく言われることがある。だけど、もしそれが「そんなこと」といわれることだとしても、なにかに遭遇して、それをきっかけに「そんなこと」がふとわかるっていうのは、とても大切なことだ。ひとりでは、気づくことのできないことがいっぱいいっぱいある。それでも、わからない「そんなこと」が、ちょっと心がひらいたすきに、ふと風がふいたみたいにして、ありゃ、っとわかることがあるだ。

 

そんなことをおもう映画でもあった。

 

いろんなことを感じ、おもう、そういう意味では、『息の跡』はけっこう忙しい映画、すてきな映画。