はるぱり・そんぐす🎈

東京パリカのブンガク恋慕 はるぱり XII? 

3・11 徒然

 

3・11はパリにいた

 

さいしょにヨーロッパに届いてテレビにながれつづけた映像は

わたしが生まれた町の映像だった

 

わたしはちいさなテレビで

ながれる波とそれにながされてゆくたくさんの車をくりかえしみては

画面に張りついているテロップの町の名前を読む

漢字で読む

アルファベットで読む

 

フランスのニュースチャンネル

プログラムをただちに切り替えて一日中

震災の様子をながしはじめた

 

けれどもしばらくはべつの映像は入手されない

おそらくもっとも入手されやすかったのが

わたしの町の映像だったのだろう

あれほどの被災でも

より被災の深刻な余所の町よりも映像がはやく他所へとまわった

そういうことではないかとおもう

 

やがてNHKがインターネットで24時間の無料配信をはじめたので

日本で放送されているのとおなじものをみられるようになった

それが何日後のことだったかはおもいだせない

翌日だったのかも知れないし

数日後だったのかも知れない

 

 

かまいしの祖父祖母のところに電話が通じたのは一週間後だった

 

電話には

大きいお兄ちゃんがでたようなきがする

小さいお兄ちゃんではなかったようなきがする

お兄ちゃんというのは大も小も叔父たちのことだ

 

もう長いこと会っていないのに

数えるほどしか会ったことがないのに

 

すぐに名前をよんでくれる

ありがとうといってくれる

 

 

 

祖父祖母の家は内陸よりなのでふたりとも無事だった

 

大きいお兄ちゃんも小さいお兄ちゃんもみんな無事だった

 

 

 

 

 

 

あの日

消えた命

たくさんの命

 

 

あの日

母は

ひとりで東京にいて

ひとりで揺れた

 

あの日

いもうとは

越した先の湘南の美容院で

髪をきれいにしてもらっていて

クロスから顔をだしながらお店の人たちと揺れた

 

あの日

父は

仕事で大阪に出かけていた

 

あの日

わたしはパリにいた

 

 

 

あの日

消えた命

たくさんの命

 

こどもたち

おとなたち

どうぶつたち

虫たち

あかちゃんたち

 

 

 

あの日

消えた命

たくさんの命

 

あの日も生きた

たくさんの命

 

たくさんの命

 

たくさんの命

 

消えた命

生きた命

 

空に消えた命

空を見あげる命

 

たくさんの命

 

たくさんの命

 

空の命

地の命

 

たくさんの命

 

命 命 命

 

 

潮のかおり

カモメの声

 

 

 

貝殻にみみをあてたら

海の音がするね

わたしと従姉は

なんどもそのはなしをした

 

貝殻の

 

海の音

 

カモメの声

 

潮のかおり

 

 

 

 

とおい海

 

やさしい波

 

 

 

 

海には近づけず

砂を掘るばかりの幼いわたし

 

ひとりで砂を掘ってばかりいるうちに

 

ちいさないもうとが波にさらわれた

 

 

 

 

ずぶぬれになって

 

でもだいじょうぶ

 

ほんとうに

 

だいじょうぶ

 

よかった

 

もうほんとうに

 

だいじょうぶ

 

 

 

 

 

やさしい海

 

しずかな空

 

たくさんの命

 

 

 

 

 

 

 

 

海の声

 

カモメの声