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はるぱり・そんぐす🎈

東京パリカのブンガク恋慕 はるぱり XII? 

よみち

パン屋のまえに植えられてある一本の桜は満開で

夜空のしたにぽわぽわひらき

街灯のきついあかりとも

おっとりとおりあいつけて

 

みあげたわたしに

ただ一本

そうやって咲きやさしくゆれる無数の

花びらはかおりよりもやわらかさを夢みさせるからとでもいうのか

 

いつかだれかと空をみあげたい

そんなことがぽわぽわと

こころにうかんだよみちのこと

 

 

なににもならない

いちねんまえのてちょうをひらいて

おなじひづけのひをみる

 

いつまでもそんなことをくりかえしているの

そんなことをしてなにかがわかるとでもおもうの

 

そんなことをくりかえしても

なににもならない

 

そんなことをくりかえしても

なにもかわらない

 

なににもならない

 

 

 

 

 

流れる水のように comme l'eau qui coule

もっと流れる水のように

いられるのかもしれない

 

 

重いからだを起こして出かけて帰ってきて

しばらくしておなかがすいてきたころに

ふとおもった

 

出かけた先で公園へ足をのばし

桜を映す水面をみるともなくみてきたからかもしれない 

 

さっきはなしたかれがそういったように

さっきはなしたかれがそういったように、

こんなふうに書きちらしてたのしんでるだけじゃぁだめなんだ、

っていうことは、ほんとはわたしもおもってるところがあるんだよ。

 

 

おふろのおゆのそのいろは

お風呂のお湯のその色は

 

オレンジやピンクっぽいよりも

青や緑っぽいのがすき

 

だけどいちばんすきなのはたぶん

乳白色

 

 

 

 

そういえば

かつて

五色沼にいったっけ

 

 

へのへのもへじの

へのへのもへじ

のものもあんじ

小森はるか監督の映画『息の跡』(3)

おじさんは、佐藤さんといった。

貞一という漢字の名前は覚えているけれど、読み方は覚えていない。

 

 

台詞どおりには覚えていないけれど、おじさんがこんなことを言うことがあった。

「今いちばんたいへんなのは、役所の人たちかもわかんないな」と。

真顔のアップのカットだったとおもう。

 

「あそこの人たちは、心でおもっていないことをいっつも言っていなくちゃいけないんだからなぁ」と。

 

「そんなのは、自分には無理だ」と。

 

わたしはつよく心をうたれた。

そして、心が閃くのをかんじた。

映画をみているさい中に。

 

 

おじさんのまなざしは、わたしのそれとはちがっていた。

そしておじさんのまなざしが、わたしのまなざしの向きをうごかしてくれた。

 

「自分にはそれはできないけれど、自分はこれをやる」。

そういうおじさんをみて心が閃いた。

 

 

それは、この映画もそのものでもあった。

『息の跡』は、「自分にはそれはできないけれど、自分はこれをやる」、

というふうな、

大らかで、つよくて、やさしい映画だとおもった。

 

 

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