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はるぱり・そんぐす🎈

東京パリカのブンガク恋慕 はるぱり XII? 

愛とはときどき

 

愛とはときどき

 

みえなくても

うかんでくる

イメージ

 

きかなくても 

きこえてくる 

音楽

 

愛とはときどき

そういうことだ

 

そして

愛とは

いつだって

 

感じるだけで

つかんだりは

けっして

できない

 

愛とは

たいがい

感じても

すぐに消える

 

それでも

それは

 

永遠に

戻ってくる

 

 

 

怪我の功名

怪我の功名というのか

昨年、四百人を対象にはなしをしたからだとおもう、

今年度、二百人ほどの人を前にしても、

無駄な負担を感じずかろやかなきもちではなしができる。

 

 

もちろん比較的、ということにすぎず、

もちろん疲れるし、

もちろんたいへんだな、っておもっている。

 

 

難しいと頭をひねっても

いやだからこそ

難しいと皆で頭をひねりながらも

おなじ場所に身を置いて

なんだかよくわからないけれど

どこかたのしい

そう感じていられる時間というのは

きっとかれらにとって

やっぱり糧になるのだとおもっている。

 

 

わたしにとってもおなじなのだと感じている。

 

 

先日、吉田健一のテクストをちょっとあつかったこともあって

準備しながらかれの年譜をあらためてみていたら

自分がコーギをしているのとおなじその大学で

かれも非常勤講師として講義に来ていたことをしった。

1949年とあった。

 

いろんな人がここではなしをしたんだ、

そうおもうと、こっそり感慨ぶかい。

 

今年度も、前期後期で二つのテーマ、

これが最後とおもって

まあがんばろう。

 

 

 

 

ふしぎな四月

三月にいろいろとストレスを感じていたから

四月のはじめもずいぶんちょうしがわるいようだった

 

だけどいつのまにかに

今はあかるいきもちでいる

 

 

  ***

 

もうすぐ四月もおわりです

 

四月もすてきなことがたくさんあった

ひと月だった

 

そんなふうにおもえます

たまごをゆでるとき

たまごがすきだ

 

たまごはたべるのがすきだ

 

さいきんはサラダにゆでたまご

というのがわりとはやっていて

たまごをゆでる頻度がたかい

 

ところでさいきん

たまごをゆでるときに

たまごについている賞味期限の丸いシールを

剥がしてからお鍋に入れるということをしない

 

ゆではじめると いつも

 

ああ また剥がさなかった

 

とおもう

 

おもえばちかごろは

 

ほとんど火にかけるのと同時に

 

ああ また剥がしていない

 

とおもう

 

ああ きっと疲れてるんだ

だから剥がすのが面倒になっているのだろう

 

そんなふうに自分に解説したりする

そういうことも ほとんど毎度のことだ

 

 

 

おおくのひとは

たまごをゆでるときに

あのシールをはがすのだろうか

 

 

 

ちいさなシールを卵のお尻からぴろっと剥がす

そんなのは なんでもない 

億劫がるにはあまりに ちいさなことなのに

 

どうしてだろう

 

どうしてさいきんそれをしないのだろう

 

かんがえてみると それをまったくしようとしない 

 

 

 

しないどころか

心のどこかで

もうこうなったら ぜったい剥がしたくない

そんなふうにさえ おもっているような気さえしている

 

こうなったら ってなんだろう

剥がさなくなったんだから ということだろうか

よくわからない

ぜったい剥がしたくない なんていうのも

まったくわけがわからない ぜったいなどという必要はどこにもない

 

 

 

たぶん以前は

たまごをゆでるときには

あの卵のお尻についている小さく丸いシールを

あたりまえのこととして 剥がして捨てていた気もする

 

そうかんがえてみると

またそのうちあのシールを剥がす習慣がもどってきたりするのかもしれないとおもう

 

           * * *

 

たまごをゆでるときのシールを剥がさないはなしでした◯

 

 

 

きみはどこまでもゆける

「船出」という歌がある

 

この歌がどうもすっかりすきになったようでときどきくちずさむ

 

まえは

 

せめてわたしは歌を歌おう 

荷物にならぬ力をきみに

 

というところが

すきだったんだけど

 

今はそれよりも

 

船と船 でああたら 

どこへゆこお

地図のない

この海を

ゆこ〜

 

というところがすきだ

 

 

 

引用した歌詞は、大貫妙子「船出」から☆

 

あまとう、まいよエレジー。

ここのところ、食後の毎夜、すきなようにあまいおやつをたべていたのですが、気づくとかさが、増していました。おなかもなんだか、小学生のようにぽっこりとしたりして。

 

すこしは控えようとおもった翌日も、つい、食後にあまいおやつをたべてしまいました。買いおきがあるとたいがい、つい、がやってきます。

 

さてわたしは、なんのあまいおやつをたべたのでしょう。

 

 

 

 

あかるい雨

帰り道はもう降っていて

帰宅後しだいにはげしくなっていくのを

雨音からかんじた

 

いつもよりゆっくりとすすめた夕食の仕度に

なんとなく雨音をきく

 

さてとひとり食事をまえにこしかけると

こんどははっきりと雨音をきく

 

たえまなくつづく雨の音は

 

どうしてだろう

とてもあかるくて

 

今のままでいられればいいのにと

すこしだけわがままをおもう